しかし

ウェーバーとかフッサールとかここらへんの人たちがすごいのは方法論と実践を一度にやってしまっていることだよな、とか思う(無論、そういうわけ方をするのは「あとだし」ができるこっち側の考えでしかないんだけど)。それでこっちは勝手に方法論と実際の分析を分けて読む必要に迫られたり。