彼女たちに。

「社会派といえば、シリアスに政府を告発するロックばかりが存在し、お婆さんが突如爆発するような音楽が存在しないのは何故だろう?一方でお婆さんが突如吹っ飛ぶ映像の啓示的、知的な刺激なしには、シリアスにポリティックに対峙する激しい音と言葉は、その誠実な必死さに反して貧困さしか表現しなくなってしまうというのに。これは音楽によるプロテストのパワーを骨抜きにしようとする政府の陰謀ではないだろうか?」(菊地成孔、「DCPRGに関する最初の企画書」より)

「シリアスに政府を告発する」だけがロックじゃない。「シリアスにポリティックに対峙」”しない”、「音楽によるプロテストのパワー」をロックもまた持っている。少なくともそういうメッセージを送れるようなバンドだと僕は思う。お婆さんどころか何も爆発しないように見えるけど、おそらくは時計が壊れている時限爆弾なんだろう。いずれ爆発するということ、もちろんその爆発に対することもそうだけどいずれ爆発するというその時間的な含みを持っているところがまた強みだ。時間的な含みを馬鹿にしてはいけない。現に言葉の意味を厳密に適用して爆発を考えれば、その時間的な含みこそが冷戦問題や地雷問題の肝だったのだから。逆に言えばそれほどの破壊力を秘めてるってこと。

これからどうなっていくのか僕は知らないけど、できれば老いる権利を獲得するという意味でロックであってほしい。少なくとも今は老いによって失うものにしか価値を認めていない人が多すぎる。だけど僕はそこに価値があるのではない、と見ているし、おそらくはそういう理解者も多いと思う。ロックの大先輩であるローリング・ストーンズベンチャーズは間違いなく老いる権利を獲得した、と思う。女性で老いる権利を獲得するのはとても難しいかもしれないけど、僕はそれができると思う。何も特別なことをしろという意味じゃなく、ずっと今のような感じでやってほしいしやっていくんだろうな、ってことでしかないんだけど。僕は最近ようやく上野千鶴子さんや香山リカさんの問題意識がわかりかけてきたけれど、その原因の一端を間接的に担ってくれたのはこのバンドだ。勝手にダシに使われて迷惑かもしれないけれども、書いておく。